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郵便局極道エッセイ No.10(3月21日号)

鹿児島 簡易局パラダイス


 指宿圭屋YHの、いまひとつぱっとしない一夜が明けた。今日の目的地は、頴娃町である。指宿市からは国道を行くと隣の隣の隣、昨日走って来た道を途中までは戻ることになる。YHを出て、最初は指宿丈六簡易郵便局へ。地図には出ていなかったが、昨日たまたま発見した。特定局と変わりない立派な建物である。そして昨日の新幹線のようなバイパスを抜けて山川町へ。市街地はJRの駅が近いので無視して大山郵便局へ。どこにでもありそうな郵便局だったが、冷水機で給水していると氷をくれた。局の人が、私もトライアスロンで自転車をやっている、と言う。そんな感じはしないが、ゆうべの圭屋にもトライアスロンの人がいたが、どっちにしても、「鉄人」と言う感じがしない。長良川で大会を見た時もそういえばそうだった。
 県道を行き、昨日台風の作文を放送していた集落へ。利永郵便局がその外れに立っている。局へ踏み込む前にさっきもらった氷入りの、スポーツドリンク粉を溶かした飲み水を飲んでいく。氷はほとんど溶けきっていたが、温度はちょうど一番冷えている。実にうまい。ただその一言である。
 集落を抜けるとイモ畑、そしてすぐ開聞町に入った。しばらく行くと集落があって、地図には〒もあるが、昨日走ったところその県道沿いに郵便局らしい建物はなかったので、あらかじめ集落に続く道を上ると、すぐに上野簡易郵便局が見つかった。しかし、戸口を見ると、「十時半頃まで外出します」という立て看板が出ていた。たぶん、何があってもこんなところまではもう二度と来ないだろうから、二十分ほどあるが待つことにした。量が減ったせいか暖まりかけた飲み水を飲んだり、回り方の検討をしたり、ポストの脇に座って、文字通りのひまつぶしをする。そうこうするうちに、軽自動車に乗って局長が帰ってきた。
 いつもながらに百円貯金。集落から県道へ下り、続いて仙田簡易郵便局へ。雑貨屋と合築の、狭くて汚い建物だったのは、昨日見て知っている。こういうのこそ実に簡易らしい。次の玉井簡易郵便局はそのすぐ近くで、こちらも雑貨屋と合築と何かと張り合っているが、建物はこちらが格段にきれいで、冷房も入っている。
 国道二二六号線に下りて開聞郵便局開聞入野郵便局と、建物の新しい郵便局が続いて頴娃町へ。ここは昨日電話帳で下調べしたところ、すさまじい簡易の宝庫であることが分かっている。町域が広いのでどれくらい回れるかは分からないが、最初から頴娃郵便局へ。局の人に、頴娃の郵便局は一日で回り切れない、といきなり脅された。
 それはそうだろうとわかってはいたが、続いて地図の〒を頼りに、高速道路のような農道の下をくぐって、広い谷の一段上の集落をのぞいて見ると簡易郵便局があるにはあった。しかし、局長宅らしい民家の玄関を兼ねる戸に鍵がかかっていて開かない。どうしようもないので、後でまた来ることにして、さらに谷の奥の、どん詰まりの袋小路の〒を思い切って目指すことにした。集落を出ると、イモ畑と茶畑が広がり、そして道は緩く上ったまま坦々と続く。その上りが二十分も続いただろうか。イモ畑と茶畑はとぎれることなく続くが、集落らしいものは一向に現れない。
 バス停もない。走っていないのか需要がないのかフリーバスなのか。とにかくこの先に人の気配など全くなかった。三十分も坂を上っただろうか。カーブの先に突然、小川にまたがって広がる家並が現れた。道沿いに建つ、焼酎の看板を掲げたよろず酒屋に〒の看板が出ていた。嶽簡易郵便局、とある。Tシャツの汗を絞ってから薄暗い局の中へ。局長は、こんなところになぜ、と思わせるような色の白いお姉さんだった。主務者印を押しますか、というようなやりとりがあって、小さな、かわいい声で少し笑った。
 一瞬暑さを忘れて、先程の簡易郵便局へ引き返す。下り坂はあっと言う間で、十分足らずで再び先程の山下簡易郵便局前に私の自転車が横付けになった。玄関の一部に作られた窓口に座るこちらの局長は、南国の太陽に鍛え抜かれたような、威勢のいいばあさんだった。何かよく分からない鹿児島弁で、叱るように、よく回ったなあ、今日…は葬式だぞ、うちの爺さんが行っている…。どこかの簡易郵便局で今日葬式が出ているらしい。
 訪れてから一時間ほどして再び頴娃郵便局前を通過して、西頴娃郵便局へ。嶽簡易を極めたことは我ながらすごいと思っているのだが、特にそういう話はなかった。続いて茶畑の中の牧之内郵便局へ。忘れていたが、ここがちょうど三千二百局目であった。それが悟られたわけではなかったが、局長が外まで出てきて道案内をしてくれて、その見送りを受けて次へ。どこまでも畑が広がるなだらかな丘陵を行き粟ヶ窪郵便局へ、県道をそのまままっすぐ行って渕別府簡易郵便局へ。葬式は、ここではなかった。
 続いて、そこから近い〒へ行くと、ガソリンスタンドに花輪がたくさん出ているのを見かけた。その家はこの部落の名士らしく、ガソリンスタンドと同じ名前の商店があって、そこに只角簡易郵便局は入っていた。とにかく局の前をうろうろしていると、何か用か、と言って普段着のおじさんが取り次いでくれた。実につまらない用で手間をかけてしまった。
 それにしても、長いことやっていると実にいろいろなことがあるものだ。集落を抜けて、台地の上の方へ行くとイモ畑より茶畑が多くなる。「産茶センター」と言うような建物があって、茶畑独特のプロペラが回転している。鹿児島県も実は静岡に次ぐ茶どころだが、栽培が始まったのは最近のことらしい。
 産茶センターがある集落に、折尾簡易郵便局もあった。私の通帳を見るなり、よく押してくれましたね、と只角簡易を指差した。ますます申し訳ない気になるが、カウンターに署名用紙が置いてあった。天草でも見たが、簡易郵便局で国の公金を取り扱えるようにしてほしい、と言うものである。そう言えば、大学入試センター試験の受験料が、簡易郵便局では払えません、と言う但し書きを見た記憶がある。それをなんとかしてほしい、ということなのだが、なんとささやかな願いだろうか。
 茶畑の中を下って、頴娃から上がってきた県道にまた戻ったところに青戸郵便局があった。私の出身が仙台と聞くと、やはり鹿児島県川内市と勘違いされた。続いて浮辺郵便局へ。原日本と言う感じの、極めて感動的な田舎の風景の中にぽつんとたたずむ郵便局だった。日が西に傾きはじめて、自転車で通り過ぎる子供たちの声がさらにそれを盛り上げる。局舎も、モルタル壁の建物で風景に溶け込んでいる。
 農道を行き、次を目指すが途中で道を間違えて、着いたところは知覧松山郵便局になってしまった。時間がないので次へ急ぐ。耳原簡易郵便局へ。ここは再び頴娃町である。今日の極道ツアーがこれで終りになるのはわかっている。ログハウス調の新しい局舎で、局長のおばさんと、今日のまとめ、みたいな話をしばらくして四時になった。(1995年8月、記す。追記:只角簡易郵便局は同年9月1日より一時閉鎖に入り、後に廃止となった)
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