小田原競輪場

小田原競輪場

−「落武者くん」じゃなくて輪太郎−

利用回数2回 うち開催中2回
最終利用日 2002年8月17日



元地元・高木隆弘、優勝一直線!−はじめに・プレイバック開設51周年記念−


 小田原競輪のイメージというと、時々スポーツ新聞の広告などで見かける、勘定流のロゴと、「落武者くん」と名付けたくなるマスコット(本当は輪太郎)が何とも渋く不気味な雰囲気を漂わせている。小田原市という中途半端な立地と、ビッグレースと無縁という影の薄さもさらに相まって、何だか謎めいた競輪場、というふうに私は勝手に思っていた。
 東京から小田原競輪まで行こうと思うと、小田急一本で行けるので金はそんなにかからないが、やっぱり遠いし、記念は松戸と重なっている。関東南関の競輪場をあらかた回って、最後に残ったのはここと静岡だった。しかし、2000年度は松戸記念がダービー開催のため休みで、私は遠慮なく小田原競輪場訪問を果たすことができた。
 小田原駅の新幹線口から、左手に小田原城を見ながらマイクロバスに5分ほど乗ると競輪場である。場内に入ってみると、緩い坂がスタンドへ続いている。地味な競輪場だと思っていたせいか、ずいぶん客が入っているなと思う。お盆の記念にしても多い。小田原は、東京から見ると地味な立地条件ながら売上はそこそこ行くところとして有名である。
 そしてスタンドに入って見て驚いた。人、人、人、である。333バンクとは言え、競輪場でこれ程人が鈴なりになっている光景は久しく見た覚えがなかった。小田原おそるべし、である。
 この日は小田原記念後節初日で、一枚看板の吉岡が欠場し、先行選手の有力どころは松岡彰洋、三和英樹、久々の斉藤登志信らがいたが地域的にかみ合うマーク屋が少なく、土屋裕二、追加の新田康仁を使える南関マーク陣が絶対的に有利であると思われた。中でも元小田原所属と地の利を活かせる高木隆弘が私の注目選手である。
 メインレースまでに場内を一回りしてみよう。正面入場門からまっすぐ歩くとホームスタンドがある。左へ行っても右へ行ってもスタンドがあるが、とりあえず左へいくと広場があり、その奥が屋台村になっている。昼食はおろか朝食もまだだったのでその内の一軒に入って、珍しく定食を頼んだ。中の壁には旧ユニフォーム姿で疾走する選手のポスターが張りっ放しになっていて、その他色メガネ姿の中野浩一、その他私には誰だかわからない選手のパネルがあったりした。
 屋台村の人気メニューはちくわの磯部揚げのようだった。他には特に変わったものはなかったが、「カップヌードル(もち入り)」と言うのは何とも競輪場らしい食い物だと思う。
 この日の私は久し振りに昼からその日の勝利をほぼ確定し、メインへ向けて気楽に観戦できたが、10レース(S級選抜)は非常に迷うところだった。出走メンバー中先行選手は土屋裕二ただ一人、そしてマークは自身でも「何年かぶり」と言う選抜スタートの鈴木誠。三番手回りは梶山一人。水島章、鰐渕正利が競りを宣言していたが、格が違い過ぎる。カマシ、捲り一発の可能性があるのも木下章と案浦攻ではどうしようもない。しかし、オッズは気違いじみたような一本かぶりとはならず、鈴木−土屋の組は3倍台からジリジリとオッズを上げていった。土屋から鈴木の組は次第に下げたが、折り返しとも5倍台で落ち着いた。
 ここでダメを押しに行くべきか。非常に迷うところだった。土屋から行くか、鈴木誠から行くかにはそんなに迷いはなかった。333とは言え、いくらなんでも鈴木誠である。迷った末に観戦料とも勝負ともつかない中途半端な金額を一点に投じた。
 レースでは周回から水島章が鈴木に絡み、土屋は赤板から上昇したものの流し気味で、最終1センターからようやく加速すると鈴木は一発で外の水島を飛ばし、インから切り込んできた鰐淵も決めると後はバックを無風の番手で電車道、ゴールへまっしぐらであった。しかし直線、交わしに行くも伸び切れず、2班・土屋の逃げ切りを許してしまった。
 それでもまだ私の勝利は揺るがなかった。最終レースは逃げ屋がそろった4分戦で、全日本選抜で好走した松岡彰洋が一応中心になっていた。しかし、番手が香川雄介で、全日本で四日連続先行した疲労が残っていると判断し、おそらくまくり一発を狙ってくるだろう、と読んだ。先行はおそらく地元を引き連れる新田康仁、あるいは長欠明けでレース勘が戻っていない齋藤登志信と見た。三和英樹は私の好きな選手だが、ここはカマシか捲り一発だろう。
 新田は後手を踏む癖があるだけに齋藤のカマシ有利と見て、私は番手の小橋から狙い、一応高木からも抑えてみた。捲りが来ると内を空ける癖を考えて、三番手新藤敦突き抜けも抑える。どれが来てもそこそこのリターンが見込める組み合わせである。
 そしてレースはほとんど私の予想通りに進んだ。齋藤が後ろ攻め、新田は中団で、赤板から齋藤の上昇にあわせて新田も上昇、そして打鍾バックを内新田、外齋藤で叩き合う。しかし、ここで小橋が離れ、予想の一角が崩れた。主導権は新田が握り、高木首位絶好の展開になった。しかし最終バックで松岡が猛然と捲る。コーナーに入っても勢いは止まらない。捲り切られたら私は終わりである。しかし高木が並ばれるところで抜け出し一着。松岡及ばず2着。
 私の予想する展開で決着したと言えばした。しかし車券は当たらなかった。

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データ編(表の見方
公式ホームページ競輪ランド小田原競輪場
バンクデータバンクの特徴
傾斜角のきつさ…2位(2位)
バンクレコード山田 裕仁=8.9s(1995.8.8),日本レコード
レースデータ記念
競輪
覇者
開催年度0302010099
北条早雲杯前節伏見 俊昭高木 隆弘小橋 正義金古 将人金古 将人
後節神山雄一郎高木 隆弘新田 康仁
特別レース開催履歴なし
ファンサービス来場者プレゼントうちわ他
フリードリンク水・お茶・梅ジュース・アイスコーヒー・ホットコーヒー
予想紙小田競、競輪情報紙サイクル(いずれも500円)
筆者のおすすめメニューちくわの磯部揚げ(150円)
トータリゼータ富士通(新型OCR)
その他主催者と施行回数
(2001年度)
小田原市(9回)、神奈川県競輪組合(1回)、茅ヶ崎市(2回)
施設所有者小田原市

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